続パスカルの葦笛のブログ

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世界初のプロの女性指揮者ベロニカ・ドゥダロヴァ(1916-2009)

ドゥダロヴァはロシアの指揮者、1944年ないしは1947年にプロの指揮者になった。女性の社会進出はソビエトでも奨励され、その建前でプロの指揮者の道を歩み出すことが出来た。アメリカでもそれは試みられたが、成功には至らず挫折の映画化がされている。そういう点ではお題目があることは、女性の励みにはなった。
*スウェーデンのドキュメンタリー映画『女は危険な賭け、6人のオーケストラ指揮者』(1987年)があり6人の世界の女性指揮者を取り上げた。ソビエトのドゥダロヴァだけが成功し他は挫折した。絶対公務員の個人的なサボダージュを許さなかった国家的権威主義が、ドゥダロヴァの才能の開花に役立ったという皮肉を生んだ。指揮台のドゥダロヴァの命令は国家の命令と同じだったので、オーケストラの反抗は許さなかった。この国では権威に反抗することは収容所送りだった。


山川菊枝は有名な社会主義者山川均の夫人ということで、労働省の初代局長になって女性の社会進出のシンボルとなった。その後村木厚子は身体障害者の郵便料金の軽減措置をダイレクトメール業者に悪用させてことで、捏造逮捕されたが潔白だったとされた。その事件が免罪符となって、事務次官になり退官後は「公金チュウチュウ」をしていると指摘されている。与党の補助金、野党の公金チュウチュウで日本の政府は血税を吸われている。


ドゥダロヴァは、1916年にアゼルパイジャンに生まれ地元の音楽院でピアノを学んだ。1933年にレニングラード音楽院に進み1937年に卒業した。モスクワに移り、1939年にモスクワ音楽院に入学した。ギンスブルグとアノーソフに指揮を学び、1947年に卒業した。同時にモスクワ国立交響楽団の指揮者になった。これが初のプロの指揮者となった。1960年に首席指揮者、1989年まで音楽監督を勤めた。1991年にロシア交響楽団の設立し、2003年まで指揮活動し、終身音楽監督であった。2006年に92歳で没した。1980-1990年代に活発に指揮活動がなされたという。指揮活動は77年から80年に及び、ロシア唯一の女性指揮者だといわれた。アメリカでは女性指揮者は一人もいず、ロシアでは一人で十分であった。


1971年のテレビ・スタジオでのコンサート・ビデオが残されていて、ドゥダロヴァはチャイコフスキー作曲スラブ行進曲Op31の指揮をしている。ドゥダロヴァは55歳。
112小節のピッコロで、楽譜fをpにドゥダロヴァはしているのが凄い。異彩を放っている。


187小節のテインパニの連打も凄い。fからディミヌエンドに変化してゆくのだが、三人の指揮者を選ぶのだが、三者三様になっているのが好ましい。
ドゥダロヴァ指揮モスクワ国立交響楽団(?)、プレトニョフ指揮東京フィル、広上淳一指揮東京フィルである。
ドゥダロヴァは187小節でfにし188小節でpにしている。プレトニョフがドゥダロヴァと同じダイナミクスにしている。187小節の後半でpに転じているのが広上淳一である。


残念なのが、212小節でプレトニョフと広上淳一がテンポを落とすのだが、ドゥダロヴァは素通りしていて、アゴギーグしない指揮者なのかと思わす。


                      *


以下ドゥダロヴァの盤歴を見てゆきたい。
①ビゼー作曲交響曲、『アルルの女』組曲1.2。


②シューベルト作曲交響曲8番『未完成』、ロザムンデ序曲、間奏曲1番、バレー音楽2番。モスクワ交響楽団(メロデア・エテルナ、827350)



③ラベル作曲『ボレロ』、『ダフニスとクロエ』第2組曲、『スペイン狂詩曲』(AQ0021)


④チャイコフスキー作曲『ロメオとジュリエット』『フランシスカ・ダ・リミニ』(メロディアC1009469)
⑤チャイコフスキー作曲序曲集と幻想曲、『ストーム』OP18,『テンペスト』『フランチェスカ・ダ・リミニ』、『イタリア奇想曲』、序曲『ハムレット』ロシア交響楽団


⑥チャイコフスキー作曲『ロメオとジュリエット』(1092・4)序曲『1812年』ロシア交響楽団(オリンピアOCD587)


チャイコフスキー作曲『ロメオとジュリエット』はマルケビッチやエリアフ・インバルを越えているという評価もあるらしい。ドゥダロヴァのお箱らしい。
⑦ハイドン交響曲103番『太鼓連打』
詳細不明。
どうもレコードでもCDでのなく、ユーチューブ配信らしい。『ヴェロニカ・ドゥダロワ・トピックス』が配信している。ハイドンの交響曲全体を配信しているので、この手では大曲である。全曲が聞けた。線が細く第一印象では他人ではないか。その他にラベルのボレロとスペイン狂詩曲とシューベルトのロザムンデ序曲が聞ける。


⑧ショスタコービッチ作曲交響詩『十月』モスクワ交響楽団(メロディア)
ショスタコービッチは十月革命70周年記念式典のため交響詩を1967・8・10に作曲を完成させ、息子が1967・9・16にソビエト国立交響楽団で初演した。実は試演で、公式には記念日にお披露目されたか。それはともかくドゥダロヴァも記念行事として同曲を演奏した。その時の1967年の演奏が録音されている。ドゥダロヴァ指揮モスクワ交響楽団である。これが正式の初演演奏かも。彼女の最も古い録音の1つである。


⑨ベルリオーズ作曲歌劇『宗教裁判官』序曲モスクワ・フィル(『オペラ序曲集3』00795041966520)
 ナクソスには数曲の残されていてオムニバスに収録されていて、その1つである。


⑩リヒアルト・シュトラウス作曲楽劇『バラの騎士』ワルツ1,2 モスクワ交響楽団(00795041980120)


⑪ガーシュウィーン作曲歌劇『ポーギーとベス』ハイライト (00795041999962)


⑫リヒアルト・シュトラウス楽劇『バラの騎士』組曲4曲ワルツ モスクワ交響楽団(ワルツ・プール・トゥジュール世界のワルツ集』00795041119223)


⑬ガーシュウィーン『ポーギーとベス』ソビエト交響楽団(管弦楽組曲)(00795041108067)
 


ユーチューブでは17件の映像が公開されていて、『スラブ行進曲』(1971)は名演である。メンデルスゾーン『真夏の夜の夢』序曲(1976)、ラベル『ボレロ』(1978)が圧巻である。1978年62歳までは元気で指揮活動していたわけだ。


なおカール・オルフの『カルミナ・ブラーナ』の映像無しのモスクワ交響楽団の一部録音があるが、『カルミナ・ブラーナ』デスコグラフィーを担当している人はもう一人のユーゴの女性指揮者ダリンカ・マティッチ=マロヴィッチの演奏と同一であるという。