続パスカルの葦笛のブログ

FMラジオやテレビやCDのクラシック音楽の放送批評に特化したブログです。

河上徹太郎

河上徹太郎といえば『日本のアウトサイダー』が代表作で、コリン・ウイルソンのパクリは明白である。さしたる傑作も残さなかった文芸評論家といったところか。だから遠山一行が大尊敬している聞くと、そんなところがあったかと懐疑的になる。


ところがこの人現代ロシア文学の『悪魔物語』が英米で話題になっていると、英訳で読んだというのだ。大正文学は、ピンからキリまでが英訳で海外文学を読んでいて、芥川龍之介から宇野浩二までがその手で読んでいる。小島政二郎に英訳『戦争と平和』を読ませたいと一冊先に読ませてから返却された本で、早速読後論をしたという。古い人だから戦前の方式で戦後も呼んでいたと言えばそれまでだが、一部のペダンティクな人々はともかく、そんな読み方をする人は今日は久しく絶えていたはずである。きっと苦労して読了する頃には翻訳が出る。翻訳が出たら読もう。そしたら出なかった。そうして随分偏ったものになった。


この人が空襲で家を焼かれ、柿生の白洲次郎の家に厄介になった。ある日ラジオから音楽が流れてきて、ベートーベンの皇帝だ。河上は白洲正子の娘のおもちゃのピアノを出してきて、それで弾き始めた。NHKの白洲次郎のドラマにそれが出て来た。事実なのだろう。河上に真骨頂が現れtエピソードだ。ちなみに美術に造詣の深い白洲家にピアノが無かったわけだ。音楽は無縁であったらしい。


もう一つ、白洲次郎に徴兵のハガキが来て知り合いの陸軍大佐を訪問してボツにしてもらう件がある。伏線があって、対日輸出禁止が日米戦争の引き金になったというのが定説なのだが、裏でパナマ経由で日本に輸入していた会社が白洲次郎の会社で、自由に輸入が出来たのだという。別人がその説を唱えた文を読んだことがある。表と裏があった。それでは戦争にならないわけ。日米戦争をさせたい勢力があって、嫌がらせに白洲次郎に徴兵状を出した。会社を潰して徴兵を許されたか。


戦後河上も世界漫遊をしていて、ケルンでクレンペラーの演奏会形式のドンジョバンニを聞いたらしい。この感激が帰国して長編音楽評論『ドン・ジョバンニ論』になった。キエルケゴールのエロス論でモーツアルトのオペラを論じた。小林秀雄の交響楽作家モーツアルトに、モーツアルトはオペラが本領と論じた先見的な作品となった。


河上は『ローエングリン幻想』を書き、日本初演に際してその作品論をあらわした。新聞の文芸時評に取り上げられて、その存在を知ったのだが、原物は著作集に収められてから読む結果となった。旧態の作曲家論で、音楽評論は諸井誠・吉田秀和・宇野功芳といった演奏家論に向かう道筋が出て行くのである。印象批評から技術批評に変わるのだった。