続パスカルの葦笛のブログ

FMラジオやテレビやCDのクラシック音楽の放送批評に特化したブログです。

ブレヒトの『異化作用』と1960年のクレンペラーの『エグモント』序曲リハーサル

ブレヒトの『異化作用』の影響を受けた人にローラン・バルトがいて、フランス革命期に「この野郎」とか「馬鹿野郎」と叫ぶ政治家がいて、これがブレヒトの『異化作用』だと解説している。さしずめ日本の小梅太夫の「畜生」と叫ぶのがブレヒトの『異化作用』の見事な解説だろう。


クラシック音楽の世界で、ブレヒトの『異化作用』を演奏に取り入れた人がクレンペラーだ。実はブレヒトとクレンペラーは大変密接な関係があって、1930年代のベルリンで二人は出会い、『三文オペラ』を上演していたのだ。ロンドンの場末のギャングこそ資本家の原像で、ギャングも資本家も変わる所がない。アバンギャルドで顰蹙を買って、一足先に弾圧することになり、これが生き延びる結果になった。紆余曲折があって、ヨーロッパに帰るが、病気や大けがで再起不能となる。その最後の再起が、個性化の実験であった。ブレヒトの『異化作用』を演奏に取り入れて、個別化を図ろうとして、これが大成功した。1960年のウィーンでのベートーベン・チクルスであった。ウィーンの音楽評論家はクレンペラーの靴にキスしてもいいと絶賛した。


その一端を伝えるのがクレンペラーの『エグモント』序曲のリハーサルである。クレンペラーはベートーベンの『エグモント』序曲に何を与えたのか。ブレヒトの『異化作用』を与えたのだ。何の難曲でもない平凡な音楽をわざと難しく演奏させたのだ。クレンペラーの要求通りにフィルハーモニー管弦楽団の団員が弾けないのだ。そんな難しい曲だったか。この違和感を与えて、ベートーベンを考えさせるのが目的であった。
クレンペラーが与えた独特のバイオリンの運弓法から新しいベートーベンの音楽が生まれたのだ。誰も聞いたことのない新しいベートーベンが誕生した。


今ユーチューブで紹介されている1971年クレンペラー最後の演奏会のドキュメンタリー
『クレンペラー・ドキュメンタリー』でも、フィルハーモニー管弦楽団のチェロ奏者が、クレンペラーの独特の運弓法から彼の魅力的な演奏が生まれてくると解説している。ブラームス交響曲3番の名演が誕生するプロセスが見事に紹介されている。


さて、1961年10月12日、ヨハン・シュトラウスの『こうもり』序曲の『異化作用』を見事に適用した名演が録音されている。「こりやなんだ」という異物感・三拍子のワルツのほど遠い音楽が提示されている。岡本太郎の座るのを拒否するイス、これが異化作用だろう。ワルツを踊るのを拒否するワルツこそ、クレンペラーが言いたかったことだ。