続パスカルの葦笛のブログ

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直木賞受賞の窪美澄『夜に星を放つ』と向田邦子の再来

167回直木賞を受賞した窪美澄『夜に星を放つ』。珠玉の短編集。


向田邦子は短編の名手だと言われて、選考委員の水上勉が受賞作を原稿用紙に筆写したといわれるほど絶賛された。凄い人が現れたと噂されたが、それを彷彿とさせるものがある。


そういえば、向田邦子の『思い出トランプ』の「犬小屋」が、窪美澄の『夜に星を放つ』の第一作「真夜中のアボガド」とよく似ていて、ある面ではそれを越えている。


「犬小屋」は、電車で昔家に出入りしていた魚屋の小僧が結婚して妻子と同乗しているのを発見して、主人公との関係を思い出し、そしてその一家は電車を降りて行くのを見送るという光景を描写したものだ。庄野潤三の『プールサイド小景』を彷彿とさせる日常の恐ろしさがある。


「真夜中のアボガド」は、婚活アプリで知り合った男が電車で妻子と同乗しているのを発見するのだが、まったく同じ筋立てだ。だが一味違うのが、作者は主人公を婚活アプリで知り合った男に捨てられて、男は別れた妻が出産した娘を思い出して家庭の幸福の方を選択させているところだ。多分肉体関係を持ったら、その異性の方に傾斜してゆくのが普通の筋立てだが、家庭の復活の方に傾斜させてゆくのが、窪美澄の悪意ある筆力である。


その前に、小説の冒頭にアボガドを登場させて、アボガドの種を発芽させて育てようとさせる。(伏線)その行為の予感はこの短編の結末を予感させて、ハッピーエンドとなるのだろうとおもわせて、意外な結末に導くのは窪美澄の冴えわたった悪意だろう。


婚活アプリは男女の出会いのツールで、それでリアルに会って見る気になった時点で恋愛モードになっている。第一印象と情報で、即ホテルに直行する筋立てになるのが相場で、そのために使われるのも多い。男の麻生はホテルへの直行の誘いもなく、いよいよ恋愛モードになり、女から肉体関係を誘う。アボガドが発芽していよいよ大きく育って行くかと思われる頃、プッと男の方から連絡がなくなる。そして電車で麻生一家の姿を目撃する。


さて、女は双子でもう一人には同棲相手の村瀬がいる。うまくやっているが突然死してしまう。麻生に捨てられた女は、突然彼女を失った村瀬に双子だから代わりになろうとする。この心変わりの安易さは今どきの女の安易さか。双子だからまあ代わりにはなるのだろう。すると村瀬から意外にも「顔は似ても別の人間だよ」と拒否される。


双子の片割れから、傷を癒してくれる願ってもない申し出を相手の村瀬から拒否される。この短編には星関係の題名がない。あるとしたら「不幸の星」だろう。不幸の星に生まれた女だ。世間の通り相場では皆成就する話なのに、ことごとく負に落とされる。捨てた村瀬から「アボガドを枯らすなよ」と言われて別れるが、そんな言われはないはずだ。裏を返せば男など当てにせず生きられる強い女なのか。見事に伏線を回収して落ちになっている。これには参った。