続パスカルの葦笛のブログ

FMラジオやテレビやCDのクラシック音楽の放送批評に特化したブログです。

スウィトナーとバイロイト音楽祭管弦楽団の正体

スウィトナー(1922-2010)の息子イゴール・ハイツマンが監督した『父の音楽指揮者スィトナーの人生』(2007)というドキメンタリーがかなりの衝撃がある。正妻がいて、息子イゴール・ハイツマンとその母がいて、詰まる所『火宅の人』だったのである。


そうなると「前の人の子と別れて」結婚してくれというフルトヴェングラーの要求を受け入れた夫人という人のアン・レギュラーな考え方もだいぶ希薄になってくる。フランクフルト市立歌劇場の監督をしていたマタチッチの後に行ったスウィトナーが、掃除婦からシェフと同じにしますかと問われて「こんな人にも手を出すのかと驚いた」という回想をしている。マタチッチその人もユーゴに住む正妻とパリその他数か所に住む愛人との間でスケジュール調整したギャラがお手当で、日本にやって来る暇がなくなったという話がある。そういえばフルトヴェングラーだが、戦前の本に彼のパリ定期公演の話が出てきて恒例になっているが、今考えるとパリの愛人のお手当になっていた。とんだ艶福家だった。


正妻が、何人も愛人がいた話が出てきて、子供を作ったのは「あなたの母親だけ」という話が出てくるのも凄い。ウィークエンド妻で、長い間二所帯の生活を維持していた。今では正妻愛人息子とスウイトナーを囲んで食事をする公認の仲になった。


ドキュメントで、こういう私生活を知るとは思ってもみなかった。もっと核心的なのは、パーキンソン病を発病して手が震え出して指揮が出来なくなったこと。事実手が震えている。別の理由もあるのだが、今は言わない。NHK交響楽団の『エロイカ』の演奏が使用されていたが、名誉なことだろう。会心の演奏だったことは家族にも伝えられていたからだ。およそ平凡な人生と予想していたが、この人から愛の遍歴を聞くとは予想外だった。この人は平凡な人が突如として、『エロイカ』とかブルックナーの四番とか天才が噴出する芸当が出来た人だった。通常凡人時々天才だった。正妻に長い間ベルリン国立歌劇場から見捨てられなかったものだと言わせている。今もバレンボイムは手放さないのは、ベルリン・フィルと同格だからだ。


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さて、一番驚かされたことは、バイロイト音楽祭の秘密を暴露したことだ。ウィラント・ヴァーグナーからスウイトナーと当時のオーケストラであったドレスデン国立歌劇場管弦楽団を高く評価して、もろごとバイロイト音楽祭に招待したという打ち明け話をしていることだ。そうだったのか。スウイトナーの指揮したヴァークナー物は正体は実はドレスデン国立歌劇場管弦楽団の演奏だったのか。この真実の衝撃は凄い。


小生もヴァークナーの初期作品は即席寄り合い所帯の祝祭管弦楽団より、シェフをしていたドレスデンのオーケストラを使用すべきの説なのだが、もう既にウィラント・ヴァーグナーが実践していたのだ。これが最大の驚きであった。


1964年 歌劇タンホイザー    スウィトナー指揮ドレスデン国立歌劇場管弦楽団
1965年 歌劇さまよえるオランダ人スウィトナー指揮ドレスデン国立歌劇場管弦楽団
1966年 楽劇ニーベルングの指環  ベーム・スウィトナー指揮同上
1967年 楽劇ニーベルングの指環  ベーム・スウィトナー指揮同上


なるほど楽劇ニーベルングの指環四部作がベームとスウィトナーが分担した理由が分かる。ベームその人がドレスデン国立歌劇場管弦楽団のシェフであった前歴だったからだ。オーケストラのストラディバリウスと呼ばれて、ウィーン・フィルの上位(リヒアルト・シュトラウス)と評価された。昔の杵柄で、ベームですら指揮したくなるほど魅力的なオーケストラであった。


それは表面的な理由で、裏は西ドイツと東ドイツの国力の格差で、ヴァークナー物のプロであり、練習も十分出来る。ウィラント・ヴァーグナーの計画では、すべてオーケストラが
ドレスデン国立歌劇場管弦楽団が演奏して、本番で歌手とガチで合わせる。このシステムの方が芸術度は高くなるし、なにより経費削減というメリットがある。10回オーケストラの練習をしても東ドイツのオーケストラの方が安上がりである。そう考えたのだ。


このウィラント・ヴァーグナーの目論見は大成功であった。しかしバイロイト音楽祭創設以来、ドイツ各地の歌劇場の楽団員の夏のバカンスを利用したボランティアはどうするのか。
彼らを蔑ろにしたウィラント・ヴァーグナーの構想は楽団員の反対でとん挫した。ドレスデン国立歌劇場管弦楽団のバイロイト音楽祭での引っ越し公演は1964-1967年でとん挫したのである。でもバイロイト音楽祭の細切れ状態の練習システムは、事実上は破綻しているわけだから、将来はドレスデン国立歌劇場管弦楽団が全部担当する案は正解なのかも知れない。


付記。スウィトナーの生前に映画は出来たらしく、幸福な晩年が送られたらしいことは幸いである。『徳川夢声日記』に藤山愛一郎の愛人が女優の細川ちか子で世間体があって正妻になれないらしいという噂を夫婦で話し合っている記事が出てくる。今度国葬になる人の祖父の愛人が淡島千景だったという噂があった。凡人スウィトナーにこんな愛の遍歴があるなんて知らされて、何があっても驚かない。いやスウィトナーは全身天才だったのかな。