続パスカルの葦笛のブログ

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大変な見っけ物エセル・スマイス『難破船略奪者』序曲(1906)ペトレンコ指揮オスロ・フィル

極力耳以外の雑音は聞きたくない。そういうわけで上野千鶴子のバイアスの影響を受けて持ち上げる気はさらさらないのだけれど、そう言う時は避けたい。スマイスが女性運動家の先駆者など糞食らへなのだが、本物の作曲家、聞くに堪える音楽だ。


そう思って序曲を聞いた後調べると、大変な音楽家だった。十分取り上げられた人物だった。『ブラームスの思い出』(音楽之友社)の翻訳まで出ている。今更取り上げることもないわけだ。


とは言え、やはりエセル・スマイスの音楽は脇に置かれた扱いだ。作曲家エセル・スマイス(1858-1944)そのものは刺身のつまでである。色物(女性運動家)扱いである。


エセル・スマイス作曲歌劇『難破船略奪者』序曲(1906)
ペトレンコ指揮オスロ・フィル(2022・3・17)


ここから出発するよりない。多分NHKだってエセル・スマイスや『難破船略奪者』序曲も以前に紹介したことはあるまい。全曲は1994年に再演され、プロミスでは1913-1947年に27回演奏された記録がある。


1910年に婦人参政権運動に参加し、彼女の参加したグループは過激派で都市の破壊活動も辞さなかった。それで刑務所に収監されて、トマス・ビーチャムが面会に行くと、中庭で囚人たちを集めてコーラスを、何と歯ブラシを指揮棒にして指揮していた。


「彼女はれっきとした真面な作曲家で、独創的で、魂があり、活力があり、才能を生かす力があり、俗にいうガッツがあった。」(ビーチャム)


それならビーチャムも作品を取り上げてやればいいものだが、その後疎遠になったのであろう。デイーリアスほど共感がなかったか。ライプツィヒ音楽院ではライネッケに師事したが、あまり共鳴できなくて、ウイーンに移りブラームスと知り合った。その周辺にいたジョージ・ヘンシェル(1850-1934)とも知り合った。ヘンシェルはベートーベンの交響曲1番を最初に録音した指揮者で、当時とは珍しい伝統的省略ではなくて楽譜通りに全ての反復を実行している。まあベートーベンは全て反復をして欲しいからそう作曲したわけだから、当時もそうなのだろうという考証の根拠を与える重要な演奏になっている。


スマイスは男勝りの女だったらしいが、それも女の自分を正当に評価してくれない社会の偏見がさらに彼女を男勝りにさせた。そんな社会は崩壊してもいいと、破壊活動を辞さなかった。スマイスの『難破船略奪者』序曲を聞いて見ると、そのスマイスの憤激は理解出来る。男の作曲、平凡な男の作曲家以上な作品なのに、大傑作なのに、所詮女の手並みにしか見下している。この評価に憤激したからこそ女性権利の拡大に彼女を動かした。初めに女性権利拡大ありき、ではないのだ。そういえば古生物学者として認めてくれない女が化石を発掘しては観光客にお土産として化石を売る女の映画があった。それで生活しながら化石の研究を続けた。死屍累々の不満の女の屍があったのだ。


付記。スマイスの曲の終結、糞切りが悪い。そういえばウォルトンも交響曲の終わり方に潔さがない。終わるようでいてまだ続いていて、糞切りが悪い。これはイギリス人の特長なのかも知れない。交響曲作家としては抜群なのだけれどもね。サーストン・ダストンの評論に豊かな国が衰退すると音楽が豊穣になるというから、イギリス音楽は豊穣になると予言したが、ウォルトンが現れた。ブリテンが現れた。スマイスはエルガーと好一対の格だ。確かに英語台本だけで歌劇はまともに扱われないから、交響曲『ザ・プリズン』(1930)(タワーレコード)こそ彼女の真価が現れているのかもしれない。


付記2。交響曲『ザ・プリズン』は、考えて見れば刑務所だ。翻訳すれば交響曲『佐野女刑務所』ということになる。スマイスの刑務所生活を描いた音楽である。ビーチャムは貴族だから刑務所で服役囚スマイスがコーラスの指揮して刑務所生活をエンジョイしていると甘い見方になる。音楽史上刑務所を描いた音楽など唯一無二だろう。モソロフ(1900-1973)の交響詩『鉄工場』(1926)に匹敵する20世紀音楽のルポルタージュ音楽の傑作ということになる。投獄されたスマイスは全裸にされ棒で身体検査され、普通では体験しないありとあらゆる屈辱を受けた。人権を無視された怒りを芸術で爆発出来たら大成功である。ローザ・ルクセンブルグは刑務所で『金融資本』を著作したように、スマイスは交響曲『刑務所』を作曲した。只では起きないのが大芸術家だ。『難破船略奪者』序曲なら怒りを爆発して表現できる能力がある。スマイスの怒りの爆発を聞きたい。そこで『クラシックの迷宮』の片山杜秀先生は政治史の専門だから、ぜひ婦人参政権運動家にして作曲家のスマイスを取り上げてもらいたいものだ。