続パスカルの葦笛のブログ

FMラジオやテレビやCDのクラシック音楽の放送批評に特化したブログです。

2023年のバレンボイムの動向と6月のチャイコ5番の演奏

2023年1月31日をもってベルリン国立歌劇場管弦楽団の音楽監督を退任するというバレンボイムの1月7日の発表は驚かされた。この日はベルリン・フィルを椅子に座って指揮したので、よほど弱気になったらしい。アルゲリッチのピアノでシューマンのピアノ協奏曲、ブラームスの交響曲2番が演奏された。定期演奏会ではカラヤンの晩年に近い短い演奏会だった。それはあらゆる意味で終焉を予感させるものだ。


3月9日、ウィーンでのピアノ・リサイタルがキャンセルされた。昨年は大病もあり、こういう結果になった。


4月5日、ベルリンでバレンボイム=ザィード・アカデミー・オーケストラ(ユースオーケストラ)を指揮した。4月に入りバレンボイムの健康は急速に回復したらしい。


4月12日、パリで古巣のベルリン国立劇場官管弦楽団の公演をバレンボイムは指揮を取った。アルゲリッチも参加した。


5月10日、ルール音楽祭のバレンボイムのリサイタル出演はキャンセルされた。


5月19日、フランスの新聞ル・モンドがベルリンの自宅でインタビューしている。


前年5月5日ー19日、ルクセンブルグ、パリ、ミラノ、ミユンヘン、プラハとウエスト=イースト・ディバン管弦楽団のヨーロッパ・ツアーが中止された。『プラハの春』音楽祭への参加予定のようだ。


それで8月にバレンボイムの指揮でヨーロッパ・ツアーが決行された。8月12日ケルン、15日ルツェルン、17日ザルツブルグ。これは『ザルツブルグ音楽祭』への参加である。アルゲリッチは急病で12日・15日はキャンセルしたが17日は出演した。


ここに2023年6月3日のジュネーブでのウエスト=イースト・ディバン管弦楽団の公演
録音がユーチューブで公開されている。プログラムは、ベートーベンピアノ協奏曲3番(バレンボイム)、チャイオコフスキー交響曲5番、シベリウス『悲しいワルツ』、ベルディ『運命の力』序曲である。


一連のツアーか、別公演か、という問題がある。この映像のバレンボイムは10才若いエネルギッシュな姿である。別公演のような気がしないでもない。この公演に至るまでのバレンボイムの動向を追いかけてみた次第だ。コンマスやテインパニやフルートを見ると同一人物、精力的な指揮振りも同一である。


もう一つ、チャイコフスキー交響曲5番の演奏には2022・12・22の日付けバージョンがあるが、観客の服装は夏服で2023・6・3と同じソースなのだろう。


今年には2023・8・17のザルツブルグ音楽祭の演奏がNHK・FMで放送される予定だから、早々判明するはずである。はたしてアルゲリッチがベートーベンのピアノ協奏曲3番を弾くか2番を弾くかで判定が出来る。こちらの方がはるかに音質はいい。


1月に椅子に座って指揮したバレンボイムが6月・8月でかような精力的な指揮振りを披露するか、色々な問題点豊富な演奏である。


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ということで、2023・6・3のジュネーブの公演を取り上げたい。ホールはアンセルメ所縁のビクトリア・ホールで、火災で焼失したが以前通りの再建となった。ヨーロッパ三大残響堂としてしられているのがウィーンのムジークフェラインザールで、残つているのはアムステルダムのコンセルトヘボウ堂だけになってしまった。


チャイコフスキーの交響曲5番第一楽章の冒頭のクラリネット・ソロは深い解釈から始まった。


それに匹敵するのが第二楽章であろう。
138-139小節の弦ではテヌートを大きく掛けて弾かれ、最後では2倍のテンポに落とされた。140小節のritenuto記号の指定もバレンボイムは注意深く演奏させると、141小節後半で見事なリタルランドテンポを落とした。
ここも大変な聞き所となった。


バレンボイムはどういう訳か楽章間では休まず連結で演奏し続けた。張り詰めた緊張が雑音で削がれるのが耐えられなかったようだ。
そして第四楽章。
197小節のクラリネット・ソロでは定石だがテンポが落とされて演奏された。205小節ノフルート・ソロでもテンポが落とされた。


演奏の白眉は行進曲に入る前のテンポのアゴギーク(伸縮)であったろう。
45小節のテインパニのffの連打の後、2つの8分音符でリテヌート(テンポを落とす)が掛けられた。
46小節のテインパニの連打が効果的に聞こえるのは芸の極みであろう。
そして今回はバレンボイムの極みが57小節の低弦で聞こえた。低弦でsfで強調してクレッシェンドさせたからである。
このバレンボイムのコントラバスの強調こそこの演奏の頂点ではなかったか。


時に病み上がりとはいえ白熱した情念を燃焼し尽くしたバレンボイムの激しい指揮振りに、出会えた気がする。この演奏が2023・6・3であるとしたら、同様なことが2023・8・17のザルツブルグ音楽祭での演奏でも聞こえるはずである。


これがバレンボイムの最後の名演としたら、一期一会とはこういうことなのだろうか。