ズガン・ソヒエフ指揮NHK交響楽団のベートーベン3番
実に考え抜いた楽譜の使用があった。基本は今では旧態依然のブライトコップ版が使用されていた。どういう気なのかと思わないでもないが、第二楽章では最新のベレンタイター版が一部採用されていたから、最新の流行を気にしていないわけでもない。第四楽章では何とフィルハーモニア版の楽章が採用されて、尻上がりに盛り上がる演奏を抑制して、テンポの遅い演奏を採用していた。指揮者ズカン・ソヒエフは演奏に一家言があるのだ。(2024・1・24)
第一楽章。
154-156小節の演奏では従来通りに第一バイオリンの音が聞こえ、その上のファゴットは演奏されなかった。
第一バイオリンの上のファゴットがベーレンタイター版では演奏されのだが、この箇所でバイオリンが演奏されるか、ファゴットが演奏されるかで、オーケストラがブライトコップ版を使用しているかベーレンタイター版を使用しているか見極められるのだ。
というわけでソフィエフ指揮N響はブライトコップ版を使用していた。
かと思うと伝統的な修正は一切なく原典版扱いで楽譜には修正は一切施されなかった。いささかか弱き演奏になったのはこの為である。
第二楽章の、30小節のチエロで校訂者デル・マーはベートーベンの自筆譜ではクレッシェンド記号になっていることを発見して、ブライトコップ版を修正した。
ソフィエフはブライトコップ版を使用しているが、今回の演奏ではsfをクレッシェンドに替えて演奏した。この部分ではベーレンタイター版を使用したわけだ。
第四楽章、349小節でブライトコップ版ではポコ・アンダンテの記号になっているが、フィルハーモニア版の楽譜ではアダージオになっていて大分テンポが遅くなる。
指揮者によっては敢えてフィルハーモニア版を採用するのである。フルトベングラー様式と呼ばれるように、彼は曲の終わりを矢鱈滅法速くして終わるのであるが、悠揚迫らざるテンポで終わりたい指揮者もいる。そういう指揮者はここからフィルハーモニア版の楽譜を採用するのである。
日本では三石精一や外山雄三がフィルハーモニア版の楽譜を採用した演奏をしている。ソヒエフ指揮N響もフィルハーモニア版の楽譜を採用して演奏していた。N響でフィルハーモニア版が演奏されたのは初めてであろう。
三石精一は御存命で、東京フィルで演奏した録音が残っているはずで、この名演などもCD化してもらいたい気がする。