続パスカルの葦笛のブログ

FMラジオやテレビやCDのクラシック音楽の放送批評に特化したブログです。

バイロイト音楽祭を訪れた日本人(4)小林秀雄

(3)小林秀雄(1902-1983)
1963年8月23日、小林秀雄はバイロイトの丘に立っていた。祝祭劇場を建設する時、オーケストラを地下に埋めて観客の目から隠すために、掘った土地の残土を近所に捨てたために盛り上がってしまった。丘になった所に今は巨匠ワーグナーの巨像が立っている。


祝祭劇場を散歩するのがワーグナーの日課であった。ワーグナーは息子ジークフリートとバンフリート荘から歩いて祝祭劇場を散歩していた。そこで息子が石ころを拾って投げた時、ワーグナーは泣いた。
「パパ、なぜ泣いているの」
 父親が泣いている姿に気づいた。
「坊やは、きっとあの木造築りの劇場をきっと石造りに建て替えるだろうからさ」
 建設資金が乏しくて、安上がりの木の家屋でしか作れなかったが、作ってみると劇場全体が鳴り響いて劇場がストラデイバリウスのような響きを出していた。


リヒアルト・シュトラウスはドレスデン歌劇場をオーケストラのストラデイバリウスと呼んで世界最高の極みと呼んで、ウィーン・フィルの上位に置いた。宮廷楽長をしていたワーグナーには旧ドレスデン歌劇場の音響の良さが発想の根にあったのであろう。


さてヒットラーの時代になり、金詰りの1920年代を乗り越えたバイロイトは国家資金で建て替える話がもちあがった。世界に誇示すべき大理石の宮殿に建て替えることになった。息子のシークフリート・ワーグナーは、そんな時に、ふと父と散歩した時の事を思い出した。
「坊やは、きっとあの木造築りの劇場をきっと石造りに建て替えるだろうからさ」
 そして泣いた父ワーグナーの姿を思い出した。木造建築は寿命がきていた。そこで解決策が見いだされた。古いバイロイト祝祭劇場の版画を見るとだいぶ様相が違う。今も観客の社交の場が用意されていないが、外に観客は待たされ直接劇場に入るだけだ。椅子も買えなかったので廊下に座る。
 新しいバイロイト祝祭劇場は旧祝祭劇場を包むかたちで石造りにされた。しかしワーグナーが予言したように、息子ジークフリート・ワーグナーが石造りに建て替えた。しかし木造造りの劇場は残されたのだった。


                    *


今日小林秀雄が聞いた指揮者は判明している。ルドルフ・ケンペ、指揮者に不足はない堂々たる巨匠である。CDで小林秀雄が聞いたのと同じ演奏を聞くことが出来る感銘はある。


1963年8月23日「ラインの黄金」指揮ルドルフ・ケンペ。
     8月24日「ワルキューレ」指揮ルドルフ・ケンペ。
     8月25日「ジークフリート」指揮ルドルフ・ケンペ。
     8月27日「神々の黄昏」指揮ルドルフ・ケンペ。


バイロイト滞在中、小林秀雄はフランス語訳の台本ないし研究書を終始片手にして見ていたそうである。しかし15時間の演奏は忍従苦行であったそうで、丸山真男は鑑賞どころではなかったと皮肉っている。
 この観覧をふまえて次回作はワーグナー論の予定であった。モーツアルト、ドストエフスキー、ゴッホと続きワーグナーでヨーロッパの知性を総決算させる目論見であった。ボードレールはワーグナーを論破していたので、ボードレールに論破されたワーグナー如きは易々と論破出来る予定であった。読む段階で跳ね飛ばされた小林秀雄はショックであった。歯が立たなかった。これは日本が戦争で負けたことよりショックだった。敗戦は小林には無傷だったが、ワーグナーが分からなかったことは、痛手であった。もうヨーロッパは卒業することにした。


日本に帰り本居宣長に次回作を変更した。これは大成功で、本居宣長を右翼から解放した。大学に日本思想史講座を開設させたのは小林秀雄の『本居宣長』の影響である。日本思想は小林秀雄によって認知された。丸山真男に『日本の思想』という本があるが、日本は駄目だという本である。その道のプロではなく、小林秀雄によって日本思想がブームになったのは皮肉な話だ。


小林秀雄のクラシック音楽論。
彼の西欧物は破産したのだが、あながちそうでもなかったということ一つ。
小林スクールの人々からツマ味食いされて、大半はソッポを向かれて淋しい人なのだよ。(大岡昇平の評)
これは当たっている。「ジョルジュ・シフラのショパンは良い」と言って、河上徹太郎、遠山一行、吉田秀和から総攻撃された。悪趣味だ。


どうもそうでもないらしいのだ。


渡辺康雄というピアニストがいる。『百万人の音楽』に出演して、シフラのショパンの一枚のレコードを紹介していた。プロのピアニストが、いわゆる種本にして、小出しにして、演奏のバイブルにしているわけだ。


「小林秀雄いいセンスしているじゃないか」というものだ。捨てたものじゃない。


小林秀雄と渡辺康雄に愛されたピアニスト、ジョルジュ・シフラ。これは売れるよ。