ウクライナ危機を音楽で考える。
ワインガルトナーはロシア人を理解するならラフマニノフのピアノ協奏曲2番を聞けばいいと言ったという。陰鬱で瞑想的な音楽がロシア人の感性を言い現わしているのかも知れない。しかしそれを聞いたからプーチンの内面が理解出来るとも思われない。
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そこでもっと解りやすいものはないか。
ということで、ロルツィングのオペレッタ『皇帝と船大工』はどうだろうか。
皇帝はピヨトル大帝のことで、遅れたロシアをヨーロッパ並みの文明国にしたいと、船大工に化けてオランダの造船所にやって来た。そして造船技術を学んでいた。
そこで平民の娘とロマンスを経験するが、それが成就する前にロシアから帰国命令が届いて帰国するのだった。ロシアに帰ったピヨトル大帝はオランダで学んで造船技術を導入し、オランダ娘とのロマンスでデモクラシーを学んで、啓蒙君主となりロシアのヨーロッパ化を成功させた。つまりロシアにおける西欧派が台頭した。
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他方ムソルグスキーの歌劇『ボリス・ゴドノフ』がある。
ロシア人の深層心理を支配した怨念や復讐心こそがロシア人を形成するという計り知れない内面を肉薄したオペラだ。スラブ歌劇団と共に来日して、初めてムソルグスキーの凄まじいオペラの世界を紹介して、一大マタチッチブームを起こした。
『ボリス・ゴドノフ』は、史実に基づきロマノフ王朝の前の王国の物語である。国王の妹と結婚したボリス・ゴドノフは義兄を殺して国王になった。民衆はそれを支持してくれた。義弟も殺し安泰となった。それでやりたい放題になった。農民を食わせる限り、何をやっても許される。
ところで自然災害があり凶作となり農民は飢餓となる。これを利用した反対派の貴族が反乱を画策する。前国王を殺害して国王になったと噂を流す。正統的な手続きがないから自然災害が起きたと噂を流す。前国王の亡霊が現れ、弱気になったボリスを悩まし、遂に狂乱死する。王権の重要な役目は農民を食わすということがあり、それが出来ない王は支持を失い、打倒される。
ロシア人は弱り目に祟り目で復讐するが、その日が到来するまで待つのである。これがロシアの農民派(ナロードニキ)の思想であった。これに音楽が付随すると十分な説得力を持ってくる。
パトスの論理は音楽の持つ強みですね。マタチッチは成功しています。